オイルショックでなぜ紙が消えた?狂乱物価の真相と現代の教訓
騒乱の震源地となったのは、1973年11月1日の大阪府豊中市、千里ニュータウンの一角にあったスーパー「大丸ピーコック千里中央店」でした。この日の午後、同店が新聞折り込みチラシで「トイレットペーパーの特売(限定特売)」を予告したところ、開店前から噂を聞きつけた近隣の主婦ら約300人が殺到しました。
当時の現場証言や記録によると、特売開始の合図とともに売り場は押すな押すなの大混乱に陥り、用意されていた約500本(ロール)のトイレットペーパーはわずか2時間足らずで完売しました。手に入らなかった買い物客が店員に詰め寄り、店舗周辺は騒然とした空気に包まれたといいます。当時の主婦の手記には「隣の人が奪い取るようにカゴへ放り込む姿を見て、自分も買わなければ家族が生きていけないような錯覚に襲われた」という生々しい心理状態が書き残されています。
この千里中央店での出来事を、夕方のニュース番組や翌朝の全国紙が「主婦がトイレットペーパーに殺到」「大阪でパニック発生」とショッキングな映像・見出しとともに大々的に報道しました。メディアが現場の狂乱を報じたことで、翌日には東京都内をはじめ全国各地のスーパーや薬局に行列ができ、瞬く間に全国規模の買い占めパニックへと飛び火したのです。