李承晩ラインなぜ引かれた?竹島問題の原点と拿捕・廃止の経緯を解明
李承晩ラインをわかりやすく紐解く上で欠かせないのが、1952年1月18日に韓国の李承晩大統領によって発表された「隣接海洋の主権に関する大統領宣言」(海洋主権宣言)です。韓国側では「平和線(ピョンファソン)」と呼称されましたが、日本や国際社会からは発案者の名前を取って「李承晩ライン」と呼ばれるようになりました。
この宣言の異常さは、国際慣例上認められていた当時の領海3海里(約5.5km)を遥かに逸脱し、朝鮮半島周辺の公海上に最大約200海里(約370km)におよぶ広大な水域を囲い込んだ点にあります。韓国政府はこのラインの内側にあるすべての鉱物・水産資源に対する主権を一方的に主張しました。
当然ながら、主権回復を目前に控えていた日本政府およびアメリカ、イギリスなどの国際社会は即座に猛抗議を行いました。公海自由の原則を踏みにじる一方的な囲い込みは、国際海洋秩序への重大な挑戦とみなされたからです。