中島みゆきの知られざる原点 札幌と帯広で紡がれた名曲のルーツ
高校卒業後、彼女は再び北海道札幌市へと戻り、名門として知られる藤女子大学文学部国文学科へ進学する。大学時代は国文学を深く学び、古典から近代文学に至る日本語の構造やリズム、言葉の持つ多層的な響きを徹底的に身体化していった。太宰治や谷川俊太郎といった文学者からの影響も、この時期の読書体験によって深められたといわれる。
同時に、札幌のアマチュア音楽シーンでその頭角を現し始める。フォークソング全盛期、数々の音楽コンテストに出場しては圧倒的な歌唱力と自作曲の完成度で賞を総なめにし、関係者の間では「コンテスト荒らし」という異名が囁かれるほどだった。
1975年、彼女はヤマハポピュラーソングコンテスト(ポプコン)において『傷ついた翼』で入賞。同年の世界歌謡祭では『時代』でグランプリを受賞する。日本のニューミュージック史の扉が、一人の女子大生の手によって鮮烈に押し開かれた瞬間だった。