花咲くいろはが気持ち悪いと言われる理由|過激描写と人間関係の真相
『花咲くいろは』のシリーズ構成および全26話中17話の脚本を手掛けたのは、のちに『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』や『さよならの朝に約束の花をかざろう』で名声を確立する脚本家・岡田麿里です。彼女の作劇における真骨頂は、「未熟な人間が抱える恥部やエゴイズムを、容赦なく白日の下に晒すこと」にあります。
主人公・松前緒花自身も決して無垢な聖人君子としては描かれていません。むしろ周囲の事情にずけずけと首を突っ込み、相手のパーソナルスペースを顧みずに引っ掻き回してしまう「無自覚な傲慢さ」を持っています。この緒花の押しつけがましさに苛立ちを募らせる視聴者も多く、「主人公の空気を読まない言動に終始イライラさせられた」という不評に繋がりました。
さらに物語の陰影を濃くしているのが、母・松前皐月との間に横たわる愛憎入り混じった関係です。家庭を顧みず娘の貯金を使い込む奔放な母親と、母親の顔色をうかがいながら早熟にならざるを得なかった緒花の精神構造は、まさに臨床心理学で説かれる「機能不全家族」と「心理的バウンダリー(境界線)の侵犯」そのものです。こうした家庭内の歪みや、恋情がもつれ合って生じるヒリヒリとした鬱屈感は、岡田麿里の自伝的エッセイ『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』等でも語られる、自身の原体験から滲み出た情念の投影でもあります。
アニメ特有の「記号的なかわいさ」を期待していた観客にとって、生爪を剥がされるような思春期の湿度や家庭問題の毒々しさは、過剰な生々しさと映り、「見ているのが辛い」「気持ちが悪い」という拒絶を生み出しました。