アンタッチャブル柴田の休養理由と真相|脱力タイムズ復活劇と現在の活躍
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柴田英嗣とお笑いファンが語る上で外せないのが、2004年の『M-1グランプリ』優勝という輝かしい経歴です。当時の決勝で見せた圧倒的な熱量と超高速の掛け合いは審査員を唸らせ、当時の歴代最高得点となる673点を記録。アンタッチャブルは一躍トップスターへと駆け上がりました。
しかし絶頂期の最中、2010年1月末から約1年間にわたり芸能活動を全面的に休止する事態に陥ります。当初は急性肝炎などの体調不良と発表されましたが、水面下では元交際相手の女性を巡るトラブルが発生していました。元交際相手への脅迫容疑などで警察から事情聴取を受けたことが発端となり、最終的に嫌疑なしとなったものの、事態を重く見た所属事務所(プロダクション人力舎)から1年間の謹慎処分を受けることとなったのが休養の真相です。
2011年1月に柴田は活動を再開したものの、コンビとしての活動はストップしたままでした。世間やメディアからは「不仲説」や「コンビ解散」が幾度となく囁かれ、お笑い界屈指の天才漫才師は孤独なリスタートを余儀なくされたのです。