六代目尾上松助の早すぎる死と遺訓|尾上松也が背負った音羽屋の宿命
脂が乗りきり、さらなる円熟味を期待されていた六代目松助を悲劇が襲ったのは2005年のことでした。舞台出演を続けながらも体調の異変を訴え、精密検査を受けた結果、医師から告げられた病名は原発不明がんでした。
原発不明がんとは、がん細胞が最初に発生した臓器(原発巣)が特定できないまま、リンパ節や他臓器への転移巣が先に発見される極めて進行の早い難病です。発見された時点で進行しているケースが多く、治療の選択肢も限られます。関係者の証言によると、本人は激しい倦怠感や痛みを抱えながらも、舞台復帰への執念を燃やし、家族に対しても気丈に振る舞っていたと伝えられています。
しかし、病魔の進行はあまりにも急速でした。診断からわずか数カ月後の2005年12月26日、六代目尾上松助は都内の病院で息を引き取りました。享年59。早すぎる別れに、師筋である菊五郎劇団の役者仲間や歌舞伎ファンは深い悲痛に包まれました。