石破佳子の若い頃が美人すぎる!慶應マドンナの伝説と丸紅時代・馴れ初め全貌
夫である石破茂総理との出会いは、慶應義塾大学のキャンパスでした。同級生として同じ法学部の講義を受けていた石破氏が、佳子夫人に一目惚れしたことから物語は始まります。石破氏は当時の様子について、自著やメディアの回想録で「こんなに綺麗な人がこの世にいるのかと思った」と率直に告白しています。
石破氏は試験勉強のノートを借りるなどして接点を作ろうと懸命にアプローチを続けましたが、学生時代の佳子夫人にとって石破氏は「熱心で少し変わった真面目な友人」の一人に過ぎませんでした。そして迎えた大学卒業時、石破氏は意を決して「結婚を前提に交際してほしい」とプロポーズを敢行します。
しかし、佳子夫人の返答は厳しいものでした。「私は弁護士になる夢を持っていたあなたを尊敬していた。途中で夢を諦めて銀行に就職するような人とは結婚できません」と、安易な妥協を許さない毅然とした態度でその申し出を断ったのです。
転機が訪れたのは卒業から数年後の1981年、石破氏の父であり元自治大臣・鳥取県知事を務めた石破二朗氏が急逝した際のことでした。佳子夫人が友人として弔電を送ったことをきっかけに文通が再開。父を失い失意の中で政界入りを決意した石破氏の孤独と覚悟に触れる中で、佳子夫人の心境にも変化が生まれました。やがて深い信頼関係で結ばれた二人は1983年に結婚式を挙げ、本格的な二人三脚の歩みをスタートさせました。