インパール作戦なぜ史上最悪?牟田口司令官の暴走と白骨街道の真相
軍事作戦において兵站が勝敗を左右することは鉄則ですが、インパール作戦の計画には最初から致命的な欠陥が内在していました。自動車が通行できないジャングル地帯を突破するため、牟田口司令官が考案したのが、現地で集めた牛や水牛、山羊に弾薬や荷物を運ばせ、最後は食糧にするという、いわゆる「ジンギスカン作戦」でした。
この前代未聞の補給計画は、現場投入直後に完全な破綻を迎えます。川を渡る際に流される牛が続出したほか、連合国軍の飛行機による爆撃の轟音や銃声にパニックを起こした家畜たちはジャングルへと逃走。わずか数週間で日本軍は武器弾薬のみならず、頼みの綱であった食糧の大半を失う事態に陥りました。
名著『失敗の本質』でも厳しく指摘されている通り、日本軍は「敵の補給物資を奪って自活すればよい」「大和魂があれば草を食んででも戦える」という極端な補給無視と希望的観測に依存していました。科学的な兵站計算を軽視し、都合の良い前提条件の上に組み立てられた作戦が成立するはずもなく、前線の兵士たちは戦闘以前に飢餓という絶対的な絶望と対峙することになったのです。