高千穂峰に刺さる逆鉾とは?神話と龍馬伝説の真相から四股名まで徹底解剖
Q1:天の逆鉾は誰が作ったものですか?
A1:日本神話ではニニギノミコトが突き立てたとされますが、歴史学・考古学的には修験道が盛んであった平安時代から鎌倉時代にかけて、山岳信仰の修験僧(山伏)が国家安泰や天下泰平を祈願して山頂に建立した青銅製の仏教・修験系法具であるという説が有力視されています。
Q2:坂本龍馬が抜いた逆鉾と、いま山頂にある逆鉾は同じものですか?
A2:完全な同一個体ではありません。龍馬が引き抜いたとされるオリジナルの鉾は、1900年(明治33年)の御鉢噴火で柄から上が折損しました。現在の山頂にある鉾の露出部分は、大正期に有志によって再建された精巧なレプリカであり、地中に埋もれた刃先部分のみが当時の原形を残しています。
Q3:一般の登山者が山頂の逆鉾に触れたり、記念撮影することは可能ですか?
A3:周囲からの写真撮影は自由に行えますが、直接触れることはできません。現在は霧島神宮の御神体・文化財として頑丈な鉄柵と注連縄で厳重に保護囲繞されており、柵内への立ち入りは固く禁止されています。
Q4:大相撲の「逆鉾」という四股名はもう継承されないのですか?
A4:四股名「逆鉾」は井筒部屋の伝統的な名跡であり、先代・当代の功績が極めて大きいため、非常に重みのある名前となっています。井筒部屋の系譜を引く部屋(陸奥部屋や音羽山部屋など)において、将来的にそれにふさわしい技量と精神力を備えた後継力士が現れた際に再襲名される可能性は十分にあります。