片山杜秀の現在と魅力とは?知の怪物が切り拓く思想と音楽の迷宮
活字の世界にとどまらず、片山氏の知名度を全国区へ押し上げた決定打が、2009年に放送を開始したNHK-FMの音楽番組『片山杜秀 クラシックの迷宮』です。
土曜日の夜、独特の甲高く軽快な語り口で「こんばんは、片山杜秀です」と挨拶が始まった瞬間から、リスナーはめくるめく音の迷路へと誘われます。同番組が通常のクラシック番組と決定的に一線を画しているのは、モーツァルトやベートーヴェンの「癒やしの名曲」を安穏と流すような構成を潔く放棄している点です。
番組で頻繁に取り上げられるのは、伊福部昭や早坂文雄、芥川也寸志、諸井三郎といった近代日本の交響曲作家たち。さらには戦時中の国民歌謡、満洲国の建国式典音源、冷戦下の旧ソ連で作曲されたプロパガンダ音楽、果ては初出不明の秘蔵オープンリールテープまで、通常ならNHKの電波に乗ることすら稀な音源が容赦なくオンエアされます。
「この旋律の裏には当時の陸軍省の焦燥感があった」「この不協和音は欧米の近代化に追いつけない日本の知識人の断末魔の叫びである」といった、思想史家ならではの文脈づけが矢継ぎ早に繰り出されます。単に音楽を美的な対象として崇めるのではなく、人間が犯した歴史的愚行や熱狂の痕跡として音楽を解剖するその姿勢こそが、15年以上にわたり深夜のリスナーを釘付けにしている魔力の源泉です。