キャラバンサライの真実!歴史の隊商宿から話題のアフガン料理店まで徹底追跡
キャラバンサライという言葉は、ペルシャ語の「カールヴァーン(隊商・商人の集団)」と「サライ(宿・館・宮殿)」が結合して生まれた複合語です。日本語では一般に「隊商宿」と訳されます。
かつてアジアとヨーロッパを結んだシルクロードにおいて、砂漠や山岳地帯を越える交易路は過酷を極めました。盗賊の襲撃や厳しい気候変動から商人やラクダ、馬などの家畜を守り、安全に休息を取るための防衛拠点として整備されたのがキャラバンサライの始まりです。隊商が1日に移動できる距離に合わせて、およそ30〜40キロメートル間隔で交易路沿いに計画的に配置されていました。
当時の施設は単なる宿泊所にとどまらず、商品の売買や物々交換が行われる市場であり、異国の最新情報が集まる情報交換のハブでもありました。東西の文明や宗教、文化が交錯する極めて重要な役割を果たしていたのです。