柿澤勇人に妻はいる?人間国宝の祖父を持つ家系図と劇団四季退団の真相
華麗な芸術一家の血を引く柿澤勇人ですが、少年時代の夢は意外にも「プロサッカー選手」でした。小学校から本格的にサッカーを始め、高校は東京都屈指の強豪校である都立駒場高校サッカー部へ進学。日々泥だらけになってボールを追い、全国大会を目指す過酷な練習に明け暮れていました。
ところが高校時代、強烈な実力差や怪我に直面し、プロへの道に高い壁を感じるようになります。そんな深い挫折感を味わっていた高校1年生の冬、母親の勧めで観劇したのが劇団四季のミュージカル『ライオンキング』でした。
客席の通路を駆け抜け、ステージ上でエネルギーを爆発させるシンバの姿に衝撃を受けた柿澤は、劇場を出た瞬間に「自分はこれをやるために生まれてきた」と直感。サッカー部を引退後、未経験だったクラシックバレエや声楽の猛レッスンを1日何時間も重ね、倍率100倍を超える難関を突破して劇団四季研究所への入所を果たしました。挫折をバネにして人生を大転換させたこの行動力こそ、彼のキャリアの原点です。