久保田利伸の若い頃が衝撃!イケメン伝説と名曲誕生の真相を徹底解説
静岡県庵原郡蒲原町(現・静岡市清水区)出身の久保田利伸は、駒澤大学在学中から本格的に音楽活動を開始しました。当初はその卓越したソングライティング能力を買われ、田原俊彦や岩崎宏美、荻野目洋子といったトップアイドル・歌手への楽曲提供を行う作家として頭角を現します。しかし、自ら歌い上げたデモテープの圧倒的な完成度が業界内で瞬く間に評判を呼び、1986年6月にシングル『失意のダウンタウン』で待望のメジャーデビューを果たしました。
同年9月にリリースされた1stアルバム『SHAKE IT PARADISE』に収録された『流星のサドル』は、シングルカットされていないにもかかわらず、彼の代名詞として日本中に衝撃を与えます。当時「日本語はファンクやソウルの16ビートに乗らない」とされていた音楽業界の定説を、鋭いアクセントと流麗なフェイクで見事に覆した瞬間でした。
当時の特番インタビューや音楽関係者の証言によると、ライブハウスからアリーナクラスへと急速に規模を拡大していったツアー現場では、バックバンドやコーラス隊とともに繰り広げられる本場仕込みのコール&レスポンスに観客が熱狂。日本のライブパフォーマンスにおける「グルーヴ」の基準を根本から塗り替える伝説となりました。