稲葉家の歴史と家系図の真相|一鉄と春日局が繋いだ名門存続の全貌
武家の格式と精神性を端的に物語るのが稲葉家の家紋です。稲葉家を象徴する代表紋は「隅切角に三木(折敷に三文字)」や「無字紋」です。折敷(神仏への供物を載せる角盆)に算木あるいは「三」の文字を配した意匠は、伊予の大祝氏・河野氏の一族であることを示す強力なシンボルでした。神聖な儀礼と武士の誇りを融合させたこの紋章は、美濃の戦場から豊後臼杵の城下町に至るまで、稲葉家の威光を領民と他大名に知らしめる印となりました。
現在でもその息遣いを色濃く体感できる史跡が、大分県臼杵市に現存する国登録有形文化財旧稲葉家下屋敷です。廃藩置県後、東京へ居を移した旧藩主・稲葉家が、里帰りの際の滞在所として明治35年(1902年)に建築した大邸宅です。
現地を訪れると、重厚な長屋門をくぐった先に広がる杉や檜をふんだんに用いた御殿建築の壮大さに圧倒されます。庭園は臼杵城跡を借景とした枯山水で見事に整えられ、書院造の座敷には当時の大名華族の気品がそのまま漂っています。2026年代半ばを過ぎた現在も、臼杵市の歴史的景観の中心として完璧な保存維持が行われており、来訪者からは「地方都市にこれほど手入れの行き届いた武家屋敷が残っているのは奇跡的」「一族の誇りと美意識が柱の1本1本から伝わってくる」といった感嘆の声が寄せられています。