日本の宗教事情と無宗教の真相|信者数データと歴史的背景を徹底解明
日本人の柔軟な宗教観の根底には、1000年以上にわたって育まれてきた「神仏習合(しんぶつしゅうごう)」の歴史的経緯があります。本来、神道と仏教は発祥も教義体系も根本的に異なる宗教システムです。
神道(しんとう)は日本列島で自然発生した民族信仰であり、創始者も聖典も存在しません。山、海、大木、雷など森羅万象に「八百万(やおよろず)の神」が宿ると考えるアニミズムを基盤とし、現世での「ケガレ(穢れ・気枯れ)」を祓い清めて「ハレ(晴れ)」の状態に戻す現世肯定的な性格を持ちます。
対する仏教(ぶっきょう)は紀元前のインドで釈迦(ガウタマ・シッダールタ)によって開かれ、中国・朝鮮半島を経由して6世紀半ばに日本へ伝来しました。整然とした経典と哲学体系を持ち、「一切皆苦」の現世から悟りを開いて解脱すること、あるいは死後の極楽往生を目指す来世救済の性格を帯びています。
伝来当初こそ崇仏派(蘇我氏)と廃仏派(物部氏)の政治的抗争を引き起こしたものの、奈良時代から平安時代にかけて両者は巧みに融合していきました。その理論的支柱となったのが「本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)」です。
「日本の神々は、民衆を救うために仏や菩薩が仮の姿(垂迹)となって現れた存在である」と解釈することで、天照大御神を大日如来と同一視するなど、神社と寺院が一体化して境内に「神宮寺(じんぐうじ)」が建てられる独自の文化圏が完成しました。
明治維新期(1868年)に明治政府が発令した「神仏判然令(神仏分離令)」によって過激な「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」の嵐が吹き荒れ、寺院や仏像が破壊される悲劇を経験したものの、1000年以上かけて民衆の生活感情に染み付いた「神仏共存のメンタリティ」は消滅しませんでした。現代の家庭に「神棚」と「仏壇」が違和感なく同居しているのは、この習合思想が受け継がれている証拠です。