なぜ青リンゴにMrs. なのか?ミセスの名に隠された哲学と真実
彼らが放ってきた代表曲を辿ると、バンド名に込められた哲学がダイレクトに血肉化されていることがよくわかる。日本レコード大賞を獲得した『ケセラセラ』では、「なるようになる」という諦念と受容の先に、生きることへの強烈な肯定を鳴らしてみせた。決して手放しのハッピーエンドではない。痛みを抱えたまま前を向く強さだ。
青春の残像を鮮烈な疾走感で描き出した『ライラック』も同様だ。青春の輝きをただ賛美するのではなく、その裏にへばりつく焦燥感や自己嫌悪を生々しくえぐる。J-POPのど真ん中を射抜くキャッチーなメロディの中に、毒と祈りを同時に混入させる。ポップ・ロックというフォーマットを極限まで押し広げたその音像は、青リンゴの持つ「酸味」そのものと言えるだろう。