華族の末裔はなぜ金持ちなのか?戦後没落を免れた資産のカラクリ
旧華族のステータスと富の象徴として、現在も絶対的な存在感を放っているのが一般社団法人霞会館です。霞会館の前身は、1874年に設立された華族の親睦・互助機関である「華族会館」に遡ります。戦後の華族制度廃止に伴い社団法人化され、現在も千代田区霞が関の霞が関ビルディング34階に拠点を構えています。
霞会館が今なお特別視される最大の理由は、日本で最も閉鎖的とも称される厳格な会員資格にあります。入会が許されているのは、原則として「旧華族の家督を継承した男系男子の当主」およびその成年に達した嫡男に限られます。旧公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の正統な家系でなければ、いかに大富豪であっても、あるいは大物政治家であっても入会は絶対に認められません。
この霞会館が莫大な財政基盤を誇る背景には、歴史的な土地活用があります。現在、日本初の超高層ビルとして知られる霞が関ビルディングが建つ地は、もともと旧桑名藩主・久松子爵家の邸宅跡地であり、華族会館が所有していた土地でした。1960年代、三井不動産と共同で開発事業を推進した霞会館は、同ビルの共同所有者として現在に至るまで安定したテナント収益を上げ続けています。この潤沢な資金をもとに、会員への各種慶弔金、伝統文化の保護、皇室関係行事の支援、奨学金事業などを手厚く展開しています。
さらに、この強固な結びつきを幼少期から育む装置が学習院です。もともと公家や華族の子弟教育のために設立された官立学校であった学習院は、新制私立大学となった現在でも、皇族をはじめ旧宮家・旧華族の子孫が通う特別な学び舎としての伝統を保っています。幼稚園から初等科、中・高等科へと進む過程で、名門一族同士の家族ぐるみの交流が自然と形成され、ビジネスや結婚へとシームレスにつながっていく人的インフラとして機能し続けています。