武田四天王・山県昌景の武勇伝!長篠の戦いで見せた新戦術の謎

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昌景をはじめとする歴戦の重臣を失った武田家は、急速に衰退の道を歩み、天正10年(1582年)に滅亡を迎える。しかし、山県昌景が創り上げた「赤備え」の精神と戦術組織は、決して途絶えることはなかった。

武田遺領を接収した徳川家康は、武田の残党を召し抱えると同時に、重臣・井伊直政に命じて赤備えを復活させた。「井伊の赤鬼」として恐れられた直政の部隊は、昌景の規律と突撃力を忠実に模倣したものである。さらに大坂の陣では、真田幸村(信繁)が自軍を赤一色で統一し、徳川本陣を震撼させる大突撃を敢行した。

敵対した者たちすら魅了し、畏敬の念を抱かせた軍装システム。赤備えは単なる色の統一ではなく、死狂いの覚悟と卓越した練度の証として、戦国史の頂点に刻まれたブランドとなった。

田中 結衣

田中 結衣

デジタルマーケティングコンサルタント

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。