黒澤明の遺作『まあだだよ』に秘められた真実と巨匠最後のメッセージ
本作の骨格を支えているのは、孤高の文士・内田百閒の随筆群だ。偏屈でありながら愛嬌に溢れ、借金に追われながらも風流を愛した百閒の生き様は、妥協を許さぬ映画作りで孤高を貫いた黒澤自身のパブリックイメージと鮮やかな対比をなす。しかし、本質的な部分で両者は深く通じ合っていた。
猫のノラがいなくなって号泣する老人の姿を、カメラは一切のアイロニーを排して愚直に捉える。市井の何気ない生活の中に宿る情緒をすくい上げたこの作品は、日本映画界が誇る至高のヒューマンドラマとしての風格を湛えている。派手なカタルシスに頼ることなく、人と人との情愛の機微だけで2時間超の尺を牽引する手腕は、映画という表現形式の可能性を信じ抜いた黒澤ならではの境地といえる。